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りっくんランド

埼玉観光スポット > パワースポット > 圧巻の戦闘機がズラリ@りっくんランド(その2)

りっくんランドの外です。

このような戦車などがズラリと並んでいます。

好きな人にはたまらないんでしょうね。

私は詳しくないので、ウィキペディアに記載してある情報をアップします。

無料でたっぷり遊べるので、是非、行ってみてください。

お土産コーナーもありますが、写真NGとのことでアップできず。

 

中距離多目的誘導弾

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ウィキペディアより

防衛省技術研究本部と川崎重工業が開発した新しい舟艇・対戦車ミサイル・システムである。

制式化ではなく部隊使用承認の形で採用されているため、○○式という名称は付けられていない。

本来は、制式化から20年近く経過した87式対戦車誘導弾(中MAT)の後継として、XATM-6の名で2004年(平成16年)度から開発が開始された。

しかし、79式対舟艇対戦車誘導弾(重MAT)の後継であった96式多目的誘導弾システム(MPMS)が1セット20億円(2009年(平成21年)度調達)という高価格と、高機動車・大型を含めた車両6両で1セット(1個射撃分隊)という複雑な構成から重MAT全てを更新することが不可能になったため、中MAT・重MAT両方の後継としても考慮されて開発されることになった。

 

74式自走105mmりゅう弾砲

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ウィキペディアより

 

74式自走105mmりゅう弾砲(ななよんしきじそう105ミリりゅうだんほう)は、陸上自衛隊において、1974年に制式採用された自走榴弾砲である。
開発された当時、陸上自衛隊では、前線の部隊を支援するには、小回りが効き、発射速度が速い105mmクラスの榴弾砲が有用との意見が根強かったため、105mmりゅう弾砲M2A1の後継として開発が開始された。搭載される105mmりゅう弾砲は日本製鋼所の開発による。
開発は75式自走155mmりゅう弾砲の開発より先行して始まり、1964年に性能などの案が作成され、1967年に開発目標が決定された。1968年には日本製鋼所で砲塔部の試作が行われ、1970年には試作車が2両が完成、技術試験や実用試験が行なわれた。1972年に補備試験が行われた後、1974年に「74式自走105mmりゅう弾砲」として制式化された。

 

 

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ウィキペディアより

75式自走155mmりゅう弾砲(ななごしきじそう155ミリりゅうだんほう)は、日本の陸上自衛隊が運用していた自走榴弾砲である。
略称は75HSP(Type 75 155mm Self-propelled Howitzer)配備部隊内では自走15榴とも呼ばれる。
アメリカ合衆国より寄与されたM44 155mm自走榴弾砲の後継として開発され、1975年に制式化された[3]。
1969年より研究開発が行われ、1973年より実用化試験が行われている。1975年に制式化され、1977年より調達が開始されている。車体を三菱重工業、主砲と砲塔を日本製鋼所が開発担当した。
最終調達の契約は1985年度。全部で201両[1][3][4]が生産され、教育部隊の他、北部方面隊の各師団特科連隊に配備されていた。

 

UHー1H

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ウィキペディアより

UH-1(英語: UH-1 Iroquois・イロコイ、愛称:Huey・ヒューイ)は、アメリカ合衆国のベル・エアクラフト社が開発したモデル 204/205/212ヘリコプターのアメリカ軍における制式名称。1959年よりアメリカ陸軍で採用され、ベトナム戦争などで活躍した。現在は後継機種のシコルスキーUH-60 ブラックホークに置き換えがすすんでいるが、日本の陸上自衛隊を含めて多くの国々では現役である。

 

94式水際地雷敷設装置

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ウィキペディアより

U94式水際地雷敷設装置(きゅうよんしきすいさいじらいふせつそうち)は、陸上自衛隊が保有している水際地雷(機雷)の敷設装置である。敷設装置と装置を搭載する水陸両用車により構成される。
陸上自衛隊は、敵の着上陸侵攻阻止を防衛ドクトリンの骨子の一つとしており、それに対応して、海岸線の水際に上陸部隊阻止用の地雷原を迅速に構築するために開発された。開発は防衛庁技術研究本部において1987年度から水際地雷の部内研究が開始され、1989年度から敷設装置の部内研究が開始され、1994年度に制式採用された。調達価格は約5億円[3]。2005年度で調達は終了している。
方面隊直轄の施設群の水際障害中隊(第301・第302・第303・第304)および施設教導隊に配備されている。
2011年の東日本大震災においては敷設装置を取り外した水陸両用車の荷台にダイバーを乗せ、福島県相馬市の相馬港周辺沿岸における行方不明者の捜索に使用された。

 

87式自走高射機関砲

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ウィキペディアより

防衛省では略称を「87AW」、広報向け愛称を「スカイシューター」としているが、部隊では「ガンタンク」や、敵航空機を蝿に見立てて、それを撃墜するという意味で「ハエ叩き」とも呼ばれる。
アメリカ軍から供与されていたM42自走高射機関砲及びM15A1対空自走砲の後継として、1978年に部分試作が開始された。
西ドイツ陸軍(当時)のゲパルト自走対空砲を参考に、当初は61式戦車の車体(架台車)を流用する構想であったが、試作を作った際に61式の車体に対して砲塔が過大だったことと、計画自体が10年ほど延期されたことによるST車体の陳腐化のため、74式戦車の車体を拡大した新造車体に改めて1982年に全体試作を開始し、試作車両は1983年に完成、各種テストの結果1987年に制式化された。この試作車は現在では陸上自衛隊広報センターに展示されている。
車体部の設計は91式戦車橋に流用されている。

 

89式装甲戦闘車

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ウィキペディアより

89式装甲戦闘車(はちきゅうしきそうこうせんとうしゃ、Type-89 armored combat vehicle)は、日本の陸上自衛隊が運用する歩兵戦闘車(IFV)である。
防衛省は略称を89FV(Fighting Vehicle)、広報向け愛称をライトタイガーとしているが、部隊内ではFVとも呼ばれる。
陸上自衛隊が運用し、戦車に随伴する装甲兵員輸送車に武装と装甲を施した車両として開発された、日本初の歩兵戦闘車である。
陸上自衛隊では歩兵のことを普通科と呼ぶため、「装甲戦闘車」という名称となり、初期の略称「IFV」から歩兵の意味を持つ”I”(infantry)を取り、現在の「FV」となった。武装は90口径35mm機関砲KDE、79式対舟艇対戦車誘導弾、74式車載7.62mm機関銃を搭載する。

 

96式装輪装甲車

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ウィキペディアより

96式装輪装甲車(きゅうろくしきそうりんそうこうしゃ)は、陸上自衛隊が60式装甲車、73式装甲車の後継車両として1992年(平成4年)から小松製作所が開発を開始し、1996年(平成8年)に制式化された装輪装甲車。陸上自衛隊で初めて制式採用された装輪装甲兵員輸送車でもある。
防衛省は愛称を「クーガー」として広報活動に使用しているが、隊員の間では「96」、「96W」、「96WAPC」、「WAPC」とも呼ばれる。
装備実験隊と普通科教導連隊での部隊実験後、1998年に名寄駐屯地の第3普通科連隊に初の部隊配備がおこなわれた。
1両当りの調達価格は1億円強で、平成25年度(2013年)予算までに357両が調達されている。
装輪車両であることからアスファルト路面などの整地での運用が容易で、車幅は手続きなしに公道を走れる規模に収められているため東日本大震災に際しての災害派遣でも用いられ、イラク人道復興支援の際にも派遣された。

 

74式戦車

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ウィキペディアより

74式戦車(ななよんしきせんしゃ)は、陸上自衛隊が61式戦車の後継として開発、配備された国産二代目の主力戦車である。
74式戦車は61式戦車の後継として開発された、第2.5世代主力戦車に分類される戦車。部隊内での愛称は「ナナヨン」。三菱重工業が開発を担当した。
105mmライフル砲を装備し、油気圧サスペンションにより車体を前後左右に傾ける姿勢制御機能を備え、射撃管制装置にレーザー測距儀や弾道計算コンピューターを搭載するなど、61式の開発された時点では実現できなかった内部機器の電子化も行われている。軽量化のため内部容積を減らして小型化している。配備開始から装甲増加などの大幅な改修は行われていないが、新たな砲弾への対応能力が付与され戦闘力を向上させている。
後継車輌として第3世代主力戦車である90式戦車が開発・生産されたが、こちらは北部方面隊以外では富士教導団など教育部隊にしか配備されていないため、全国的に配備された74式が数の上では主力であった。それでも年40輌程度の早さで退役が進んでおり、また、2010年に74式の更新をも考慮した10式戦車が採用された。

 

10式戦車

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ウィキペディアより

10式戦車(ひとまるしきせんしゃ)は、日本の主力戦車。陸上自衛隊が運用する国産戦車としては4代目となる。
陸上自衛隊の4代目となる最新国産主力戦車である。
開発は防衛省技術研究本部、試作・生産は三菱重工業が担当した。戦闘力の総合化、火力・機動力・防護力の向上、小型・軽量化などを達成。2009年(平成21年)12月に実施された防衛省装備審査会議において部隊の使用に供することを認める評価がなされた[2][注 1][注 2]。また、装備化年度が平成22年度(2010年度)になることから「10式戦車」と名称が定められた[2]。
主砲には日本製鋼所の国産44口径120mm滑腔砲(軽量高腔圧砲身)を備え、新型の国産徹甲弾の使用により貫徹力を向上させている。また、90式戦車と同様に自動装填装置を採用し、乗員は車長・砲手・操縦士の3名である。小型・軽量化と応答性・敏捷性の向上のため、水冷4サイクルV型8気筒ディーゼルエンジンと油圧機械式無段階自動変速操向機(HMT)を組み合わせた動力装置(パワーパック)を搭載する。また、全国的な配備・運用のために車体を小型軽量化したことで重量は約44トンに抑えられており、さらに着脱が容易なモジュール型装甲を実装している。日本の戦車・戦闘車両としては初めてC4Iシステムを標準装備したことも特徴である。
平成22年度(2010年)より調達が開始されており、平成23年度(2011年)より富士教導団戦車教導隊などから順次部隊配備される。平成24年(2012年)に量産第1号車が富士学校機甲科部に引き渡され、平成24年(2012年)12月に駒門駐屯地の第1戦車大隊へ配備された。

 

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